|
「お久しぶりでございます、スザク様」 室内に入ってきた聞き慣れない足音の人物は、聞き慣れた声でそう言った。 それは、ダモクレスでの戦闘後は一度も会う事の無かった人物だった。 「咲世子さん?」 確認するように尋ねると、「はい」と返事が返ってきた。 何故彼女がここに? 確か今はシュナイゼルの直属となり、ゼロに必要な情報を集めるための諜報員として活動しているはずだ。 「スザク様、朝食をお持ちいたしました」 ワゴンを押して室内に入ってくると、途端に美味しそうな匂いが一面に広がった。成程、足音とは別に聞こえてきた何かを移動する音はこれかと納得する。 ワゴンはベッドの傍まで移動され、傍に置かれていたベッドテーブルをスザクの前まで移動させると、料理を並べていった。 「箸は手前に、お飲み物は緑茶のペットボトルをご用意いたしました」 そう言ってから、今日のメニューの説明を始めた。 ワンプレートではなく、1皿に1品ずつ盛り付けられており、卵焼き、鮭の塩焼き、ほうれん草のおひたし、冷奴には薬味のミョウガ、キュウリの浅漬け、そしておにぎり。 本当ならお味噌汁もつくような内容だが、まだ見えない状態での食事に慣れていないスザクではひっくり返す恐れがあるため、今日はペットボトルのお茶だけなのだと言う。 1品1品説明されるたびに、頭の中にその料理が思い浮かぶ。懐かしい和食に、いままで忘れていた空腹感が蘇り、お腹がぐうとなった。 失明したばかりのスザクには、本来介助が必要だった。 何も見えない状態での食事は難しい。 それはナナリーを見てきたスザクと咲世子はよく知っていた。 だが、この状態のスザクが素直に咲世子の手を借りるとは思わない。 もし介助をと望まれても、一人で食事もできない姿を見られることは、スザクをさらに追い詰めることがわかりきっていた。だから「介助は必要ですか?」と尋ねることはせず、料理だけ置いていくことにした。 箸を伸ばすだけでは料理の場所は解らないが、1品ずつ入った皿なら手に取って食べることもできる。どれも火傷の心配のない料理で、お皿は深いものを使っているから溢れにくい。最悪おにぎりだけでも食べてくれればいい。 「それでは失礼いたします」 咲世子は先ほどと同じようにカートを押しながら部屋を後にした。 パタリと扉が閉ざされ静まり返った室内には、先ほどまでと同じく風の音と木々のざわめき、そして鳥のさえずりだけが聞こえ始めたが、今は目の前に美味しそうな匂いを漂わせる食事が置かれていた。 先ほどまでは鳴る事の無かった腹がぐうぐうと悲鳴をあげる。 「・・・いただきます」 スザクは手を合わせると、おにぎりを手にとった。 ダイニングテーブルの上にはスザクに出されたのと同じ和食が用意されていた。ただしこちらはお味噌汁付きでおにぎりはなく、お茶碗に艶やかな白米が盛られていた。 「うまくいったか?」 今日の朝食に少々不満がある魔女は、それでも箸を伸ばしながら尋ねたが、相手からの返事はなく、暗い顔で小さく息を吐いていた。 食べるかどうか微妙といったところか。 あの食欲旺盛な男が、食事も喉が通らないほど凹んでいる姿は見たいし、からかいたいところだが、この様子ではもう少し時間をおいてからの方がいいだろう。 あの男は嫌いだが、だからといって、悲劇の主人公を気どってうじうじと思い悩んでいる姿を見たいとは思わない。 C.C.は不老不死だから体の欠損は治癒される。 だから失明しても元に戻るが、失明した経験が無いわけではない。 生きながら焼かれた経験も、手足を切り落とされた経験も、人が思いつく限りの残虐な行為をされたことも当然ある。何せ不老不死、目の前で傷が癒える様を見れば、皆化物だと騒ぎたてる。化物は、人ではない。だから皆躊躇いなく刃を向ける。 何度殺され、何度埋められたか。 何度蘇生し、何度絶望したか。 それに比べればスザクの絶望など大したことはない。 水晶体だけの損傷なら、人工レンズを埋め込めば治るのだが、そんな簡単な怪我ではなかったのは可哀想だと思う。視力の回復が見込めないのは気の毒だとは思うが、悪意を持った人間に麻酔もなく目玉を抉られたわけでも、焼けた鉄を眼球に刺されたわけでもないし、そのまま放置されたわけでもない。 確かにテロという理不尽な暴力でその瞳を損傷したが、周りの人間に助けられ、しっかりと治療をうけ、こうして親身になって世話もされている。 自分とは雲泥の差の高待遇。 それだけ大事にされているのに、うじうじと・・・なんて贅沢なんだ。 「まあ、焦る事じゃない。そのうち今の状況に慣れるだろうさ。目の見えなかったナナリーの世話をした経験があり、和食も作れるお前はまさに適任だろう?」 目の見えない人間が何を望むか、どう動くか、共に暮らしていたのだから、何も知らないジェレミアや、少し警護した程度のアーニャでは解らなかった事も解るはずだ。 「でも、お箸」 目が見えないのに、スプーンやフォークではなく箸でいいのだろうかとアーニャは気にしていた。アーニャは箸が苦手だ。目が見えていても大変なのに、目が見えないのに料理が掴めるのだろうか。 「アレは日本人だ。箸など手の一部、スプーンやフォークなどよりずっと使いやすいんだよ」 手に馴染んだものを使うのが一番。 スザクも長年ブリタニアで生きてきたが、それでもやはり日本人に違いはない。 異国で気落ちした時には特に、母国の物を恋しがるものだ。 例えその母国にいた時間が、人生の半分にも満たなくても。 「それよりも昼はピザを焼け。私はピザが食べたい」 魔女は傲慢な態度で命令した。 |